#10 藤原佳穂里さん(社交ダンサー)

2015年9月22日



藤原佳穂里さん。1987年 大阪府出身。
現在は会社で働く傍ら、セミプロの社交ダンサーとして活動している。
 
もともと3歳から20年間バレリーナとして踊り続けてきた藤原さん。
 
就職を機に一旦は踊りの世界を離れた彼女が、再び踊り始めようと思ったのはなぜか?
「生涯現役で踊り続けること」にこだわるのはどうしてか?
 
同世代の藤原さんが目指している生き方を、休日の練習前に聞いてみた。
 
 

思いのほか「自分の”ルーツ”」となったバレエ

 
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「3歳から始めてたから、物心ついたら踊ってました」
 
バレエと聞くと、熱心な両親に勧められて習い始める姿を思い浮かべる人も多いかもしれない。
だが、藤原さんがバレエを始めたのは意外なキッカケだった。
 
「3歳のときなんて、これから続けるかどうかなんて、その時点では分からないじゃないですか。親に聞くと、私が内股すぎて”自分で自分の足につまづいて転んでた”のを見兼ねて、バレエを習わせようと思ったらしいんです」
 
当時藤原さんの両親も特別バレエにこだわりがあって勧めたわけではなかったが、今振り返ってみると「バレエは自分のルーツ。20年もやってたから、長く付き合ってて別れられない彼氏みたいな存在ですね(笑)」と話すほど、本人にとってかけがえのない存在となった。

 

教えることも楽しいけれど、それ以上に、踊り続けることにこだわってる自分がいた

 
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負けず嫌いの性格もあり、大会やコンクールでのグランプリを目指して毎晩遅くまで練習に明け暮れる日々。さらなるレベルアップを図るべくバレエの本場・ロシアにも留学するなど、踊りの腕を磨き続けた。
 
将来はプロのバレエダンサーとして食べていくことを目指していたが、納得のいく成績を残すことができず、「どっかのタイミングで趣味に変えないとなぁ。一番になれなかったら意味ないし」という思いが、次第に頭をよぎるようになる。
 
高校2〜3年生の頃になると、正直、バレエで食べていくのは厳しいと感じていた。
 
「”自分は指導者として続けたいのか?現役のバレエダンサーとして踊り続けたいのか?”それを確かめるために大学に行こうと思ったんです。もし指導者の道を選ばないとしたら、大学を卒業すると同時に現役も引退しようと思ってて。だから、そこまで区切ってやろう!と決めたのが17〜18歳のときでした」
 
大学進学後はバレエ教室に所属し、現役として踊り続けつつ、教室に通う子供たちに踊りを指導する日々を過ごす。
 
現役の立場と教える立場。両方を並行して経験していく中で、徐々に「教えることも楽しいけれど、それ以上に、自分が踊ることに、現役であることにこだわってる自分がいた」ことに気づき始める。
 
大学進学時に決めていた通り、「指導者の立場でバレエを続ける」という選択肢が消えたことで、現役としても引退することを決意。3歳からバレエ始めて約20年間。それまでの人生の8割をバレエに投じてきた藤原さんは、大学卒業と同時にバレエを離れることになった。

 

「自分が”現役”でいられる踊りがしたかった」 慣れ親しんだバレエではなく社交ダンスを選んだ理由

 
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大学卒業・就職を機に踊りから離れたものの、未練はあった。
 
「就職してからも踊りたいという気持ちはずっと持ってました。でも、入社して1〜2年目の頃は、仕事のことも分からないし、ただただ回らなくて必死で。踊りのことを深く考える余裕はありませんでした。でも、3年目に入ると、ようやく少し余裕が出てきて、あるときふと”踊りやりたいな”と思ったんです」
 
再び踊りの世界に戻ることを決めた藤原さんが選んだのは、幼少期から慣れ親しんだバレエではなく社交ダンスだった。
 
「(バレエは)ある程度、若い時期に結果を出した人じゃないと、遅咲きってそんなにない世界だと感じていたので厳しいなと・・・。じゃあ、”自分が現役でいられる踊りってなんだろう?”」
 
そう考えたときに、アルゼンチン・タンゴやフラメンコなど、年を重ねても続けられそうな踊りが浮かんできた。
いくつかの候補を思い浮かべながら悶々と考えているうちに、小学生時代、バレエの練習から帰ると欠かさず見ていた番組を思い出す。
 
「そういえば昔、杉本彩さんがウリナリ社交ダンス部で超かっこよかったぞ。そうだ、社交ダンスをしよう!と思って(笑)」
 
幼少期の記憶によって思い立ち、すぐさま真剣に調べてみた。
 
「どうやら40〜50歳になってもやれるらしい。じゃ・・今から始めれば、(少なくとも)あと20年ぐらいは踊れるじゃんっ!と思ったんです。趣味じゃなくって自分がプレイヤーでいたかったし、やるなら試合にも出たかったし、自分が現役でいられる踊りがしたかった」
 
藤原さんにとって、それを形にできる踊りこそが社交ダンスだった。

 

「文舞両道」の生き方を目指す

 
“踊ることが生き甲斐”と語る藤原さんが大事にしているモットーは「文舞両道」。
 
中学2年生のときに入試担当をしていた際、配布資料に書かれていた文武両道という言葉が目に止まり、しばらく眺めているうちにヒラメいたそうだ。
 
文武ではなく「文舞」。
 
学ぶだけでもなく、踊るだけでもなく、
どんな学びも踊りにつなげていくことで、踊り”続けられる”。
 
「自分はずっと現役でいたいんです」
 
生涯”現役”で踊り続けるために自分を磨き続ける、藤原さんのチャレンジは続く。

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プロフィール

藤原 佳穂里 / 社交ダンサー

1987年生まれ、大阪府出身。
3歳からクラシックバレエ、6歳から新体操を始める。バレエ歴 20年以上。現在は広告会社に勤務する傍ら、セミプロの社交ダンサーとして活動中。
オフィシャルブログ「元バレリーナのOL的日常
 
 

 
 

編集後記


「仕事で稼いだ給料もほとんどがレッスン代や衣装代になります(笑)特に衣装は、やるからにはこだわりたいし、ラッキーアイテムというか、自分の自信のもとになるというか。」
 
結果はどうであれ、目の前のことに対して自分が納得いく形まで準備する。一度は生き甲斐である踊りを離れた経験があるだけに、以前にも増してその思いは強くなっているのかもしれない。

 
 

編集協力


 


撮影 / 高畠 隆
1987年生まれ。福井県出身。
高校時代に受けた映画監督のワークショップをきっかけに映画に興味をもち、大学時代は京都国際学生映画祭の運営に携わる。
大学卒業後に上京し、映画配給会社を経て、現在はフリーの撮影助手としてCMや映画製作に携わる。趣味は人間観察とギター演奏。

 
 

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